《…民子は、苦悶する私のかたわらにいつもいてくれた。むしろ原稿を書き出すと、どこからともなく近づいてきて、必ず手の届くところに座るのである。私は書き上がった原稿を文机の左に重ねて行く。すると彼女は、興味深くそれを読むのである。決して出来ばえに文句はつけない。「どうだ?」と訊くときまって、「いいわよ」とか「良く書けてる、その調子」とか答えてくれる》

しかし、ある日、民子は行方不明になってしまい、半月ほどたったある晩、浅田氏が長編小説の仕上げにかかっていた夜に帰ってくる。この時、いつものように原稿を読んだ民子が、《とてもいい声でにゃあにゃあと鳴いた》そうだ。
ところが……この時に限っては、なぜか浅田氏は「民子が何を言ったのか理解できなかった」というのだ。にゃあにゃあ鳴いたあと、民子はどこかへ行ってしまう。
民子が去ってのち、民子が何のために帰宅し、懸命に何を言ったのかがわかったと浅田氏は書いている。

《七百枚余の原稿が上梓されたとき、どうしてこんなに人間の言葉が書けるのに、あのときの民子の声を理解できなかったのだろうと、私は悔いた》

それが、CMでの民子の最後の言葉、「最高よ、おめでとう」なのだろうか。
「民子が忘れられない」
浅田氏の心情を察すると、胸がしーんとするような…そんな思いで本を閉じる。

《…民子は、苦悶する私のかたわらにいつもいてくれた。むしろ原稿を書き出すと、どこからともなく近づいてきて、必ず手の届くところに座るのである。私は書き上がった原稿を文机の左に重ねて行く。すると彼女は、興味深くそれを読むのである。決して出来ばえに文句はつけない。「どうだ?」と訊くときまって、「いいわよ」とか「良く書けてる、その調子」とか答えてくれる》

しかし、ある日、民子は行方不明になってしまい、半月ほどたったある晩、浅田氏が長編小説の仕上げにかかっていた夜に帰ってくる。この時、いつものように原稿を読んだ民子が、《とてもいい声でにゃあにゃあと鳴いた》そうだ。
ところが……この時に限っては、なぜか浅田氏は「民子が何を言ったのか理解できなかった」というのだ。にゃあにゃあ鳴いたあと、民子はどこかへ行ってしまう。
民子が去ってのち、民子が何のために帰宅し、懸命に何を言ったのかがわかったと浅田氏は書いている。

《七百枚余の原稿が上梓されたとき、どうしてこんなに人間の言葉が書けるのに、あのときの民子の声を理解できなかったのだろうと、私は悔いた》

それが、CMでの民子の最後の言葉、「最高よ、おめでとう」なのだろうか。
「民子が忘れられない」
浅田氏の心情を察すると、胸がしーんとするような…そんな思いで本を閉じる。