「猫的感覚ー動物行動学が教えるネコの心理」(ジョン・ブラッドショー/2017年/早川書房 )は、ニューヨークタイムズのベストセラーとなり、NPRブックオブザイヤーを受賞したそうです。そしてこの本は、日本の多くの猫入門書としてのマニュアル本とは一線を画します。

動物学者としての長年の研究を主体とした学術書に近い内容と、原文に忠実な和訳などで、読み進めるのに少し苦労しましたが、何気なく思っていた猫の行動などの科学的裏付けや新たな発見もあり、興味深く拝読させていただきました。

ただ、日本で推奨され定着化している完全室内飼い猫とは異なり、諸外国の不完全室内飼い猫を主体とした内容であるためか、日本では海外ほど著名でスタンダードな書籍ではないようです。しかし、猫のさまざまな行動の理由を理解する上で重要となる猫の本能や能力、そして性格と遺伝の関係性について考察するのに適した書籍と言えます。猫マニュアル書では物足りない方は一度チャレンジしてみてはいかがでしょうか。

重要なのはストレスフリーの状態

さて、本書の最終章の「未来のネコたち」の中で、猫的感覚から「猫の幸せ」は「ストレスフリーな状態」であると定義しています。周りの猫や人間を含む動物との関係性がうまくいっているか否か、特に一緒にいる猫や近くにいる猫たちとの関係が重要であると指摘しています。一昨年当店の気になる4匹を調べていただいたストレス度調査(別途当店記事「年中無休の猫カフェ。猫のストレス度は?」参照)でも、ボス猫マンタに時々狙われているカールスのストレス度が一番高く、同書の定義を裏付けています。

その後一年半経った現在、カールスはマンタへの怖れが半減しました。昨年はお膝乗りの季節が過ぎたら隠れ家にこもっていたカールスが、今年は隠れずフロアに出て来て過ごし、生来好きな「お客さまへのお膝乗り」を夏場も継続し、満喫しています。計測してはいませんが、おそらくストレス値を表すコルチゾール濃度(ng/ml)も半減しているはずです。

「幸せ」だから生じるお膝乗り

猫がお客さまにお膝乗りする条件の一つとして、猫同士が喧嘩(けんか)することなくうまくいっている環境がとても重要だと思っています。生駒から心斎橋に引っ越しして来てからのカールスの行動がそれを物語っています。マンタとカールスとは原則部屋を分け、隔離しています。その間の壁は店舗が狭く見えないよう透明アクリル板で造ったことにより、壁越しでいつでも互いに見つめ合える環境ができました。それが幸いにもカールスにマンタの睨みを徐々に慣れさせる結果をもたらしたのでしょう。

逃げない大猫カールスは、ボス猫マンタでも迂闊(うかつ)に手を出せない存在となりつつあります。

上記調査に応じた猫カフェ73店舗中、当店が上位6位だったのは、たまたま生駒で造作した部屋分けが猫同士の関係をうまく保つことに気づき、それを心斎橋でも引き継いだこと、たくさんのお客さまのご協力があったことが理由だと思っています。

ヤマネコとイエネコ

あと書籍には、ヤマネコとイエネコの性格の違いについて記述されています。それによると、大昔、ヤマネコの中で民家に寄り付く好奇心や冒険心が強い猫がイエネコのルーツとなり、穀物の守衛、いわゆるネズミの捕獲業務を得ながら一万年という長い年月をかけ、徐々に人馴れし、人と共存するようになりました。

人間と猿とは違い、イエネコとヤマネコは交配します。イエネコでもヤマネコの遺伝子が強いと人に懐きにくく、人の住居から遠ざかる傾向が強いようです。すると、懐くことがないヤマネコの遺伝が強い猫はTNR活動(※)などでも捕獲されにくいので、自然繁殖し、子孫を残しやすくなります。逆に人懐こいイエネコほど、TNR活動や家庭飼いでの去勢や避妊が行われやすいため、子孫を絶やしがちになります。

著者ブラッドショーは1999年に実際にあった「人懐こい子猫がイギリスのある地域でいなくなった事例」を挙げ、上記推定論はSF的ではないことを示しました。さらにネコ(が幸せな生活を送るため)の未来は、繁殖する人々が、猫の外見ではなく、性格の改善が目標だと理解できる人々にかかっているとも言及しています。

思い込まずに猫目線で検証を

ところで元来、猫は自分で餌を獲って少量ずつ複数回に分けて食べる習性の動物ですが、一般の猫のマニュアル本では一日に2回、3回と決まった食生活が猫に良いと記述されています。同様の食生活をする人間はそれを納得しやすいでしょう。ただ猫の空腹時の少し落ち着きのない(ストレス)行動や、一気食いでの胃の負担などを考えると、本当にそれが適切なのか、とも思います。これも私見ですが、空腹時は多頭飼いでの喧嘩(けんか)の原因になったりしているのでは、とも思っています。

さらに10年前の創業時に得た知識では、日光浴はビタミンⅮを作り猫の健康のために必要とされていましたが、今年3月に全国5カ所で実施された「ねこ検定」(中級編)受験合格時に得た知識では、これを否定していました。「人間とは異なり、猫の体質上ビタミンDは日光浴では作られにくく、猫餌で補給する必要がある」が、最新の定説となっています。


天文学者のガリレオガリレイが地動説を唱えた時に(社会的諸事情もありましたが)、多くの人がなかなか地動説を受け入れられませんでした。このように、世の中の常識は常に抵抗されながらも更新されていきます。人は思い込みから人目線で猫を検証しがちです。この書籍を拝読し、猫目線で猫を検証することが大切であると、改めて認識した次第です。

※野良猫をTrap(捕獲器で捕獲)し、Neuter (不妊手術)し、Return(元の生活場所に戻す)活動を指します。

庄 知宏@
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このコラムニストのアーカイブ記事

「猫的感覚ー動物行動学が教えるネコの心理」(ジョン・ブラッドショー/2017年/早川書房 )は、ニューヨークタイムズのベストセラーとなり、NPRブックオブザイヤーを受賞したそうです。そしてこの本は、日本の多くの猫入門書としてのマニュアル本とは一線を画します。

動物学者としての長年の研究を主体とした学術書に近い内容と、原文に忠実な和訳などで、読み進めるのに少し苦労しましたが、何気なく思っていた猫の行動などの科学的裏付けや新たな発見もあり、興味深く拝読させていただきました。

ただ、日本で推奨され定着化している完全室内飼い猫とは異なり、諸外国の不完全室内飼い猫を主体とした内容であるためか、日本では海外ほど著名でスタンダードな書籍ではないようです。しかし、猫のさまざまな行動の理由を理解する上で重要となる猫の本能や能力、そして性格と遺伝の関係性について考察するのに適した書籍と言えます。猫マニュアル書では物足りない方は一度チャレンジしてみてはいかがでしょうか。

重要なのはストレスフリーの状態

さて、本書の最終章の「未来のネコたち」の中で、猫的感覚から「猫の幸せ」は「ストレスフリーな状態」であると定義しています。周りの猫や人間を含む動物との関係性がうまくいっているか否か、特に一緒にいる猫や近くにいる猫たちとの関係が重要であると指摘しています。一昨年当店の気になる4匹を調べていただいたストレス度調査(別途当店記事「年中無休の猫カフェ。猫のストレス度は?」参照)でも、ボス猫マンタに時々狙われているカールスのストレス度が一番高く、同書の定義を裏付けています。

その後一年半経った現在、カールスはマンタへの怖れが半減しました。昨年はお膝乗りの季節が過ぎたら隠れ家にこもっていたカールスが、今年は隠れずフロアに出て来て過ごし、生来好きな「お客さまへのお膝乗り」を夏場も継続し、満喫しています。計測してはいませんが、おそらくストレス値を表すコルチゾール濃度(ng/ml)も半減しているはずです。

「幸せ」だから生じるお膝乗り

猫がお客さまにお膝乗りする条件の一つとして、猫同士が喧嘩(けんか)することなくうまくいっている環境がとても重要だと思っています。生駒から心斎橋に引っ越しして来てからのカールスの行動がそれを物語っています。マンタとカールスとは原則部屋を分け、隔離しています。その間の壁は店舗が狭く見えないよう透明アクリル板で造ったことにより、壁越しでいつでも互いに見つめ合える環境ができました。それが幸いにもカールスにマンタの睨みを徐々に慣れさせる結果をもたらしたのでしょう。

逃げない大猫カールスは、ボス猫マンタでも迂闊(うかつ)に手を出せない存在となりつつあります。

上記調査に応じた猫カフェ73店舗中、当店が上位6位だったのは、たまたま生駒で造作した部屋分けが猫同士の関係をうまく保つことに気づき、それを心斎橋でも引き継いだこと、たくさんのお客さまのご協力があったことが理由だと思っています。

ヤマネコとイエネコ

あと書籍には、ヤマネコとイエネコの性格の違いについて記述されています。それによると、大昔、ヤマネコの中で民家に寄り付く好奇心や冒険心が強い猫がイエネコのルーツとなり、穀物の守衛、いわゆるネズミの捕獲業務を得ながら一万年という長い年月をかけ、徐々に人馴れし、人と共存するようになりました。

人間と猿とは違い、イエネコとヤマネコは交配します。イエネコでもヤマネコの遺伝子が強いと人に懐きにくく、人の住居から遠ざかる傾向が強いようです。すると、懐くことがないヤマネコの遺伝が強い猫はTNR活動(※)などでも捕獲されにくいので、自然繁殖し、子孫を残しやすくなります。逆に人懐こいイエネコほど、TNR活動や家庭飼いでの去勢や避妊が行われやすいため、子孫を絶やしがちになります。

著者ブラッドショーは1999年に実際にあった「人懐こい子猫がイギリスのある地域でいなくなった事例」を挙げ、上記推定論はSF的ではないことを示しました。さらにネコ(が幸せな生活を送るため)の未来は、繁殖する人々が、猫の外見ではなく、性格の改善が目標だと理解できる人々にかかっているとも言及しています。

思い込まずに猫目線で検証を

ところで元来、猫は自分で餌を獲って少量ずつ複数回に分けて食べる習性の動物ですが、一般の猫のマニュアル本では一日に2回、3回と決まった食生活が猫に良いと記述されています。同様の食生活をする人間はそれを納得しやすいでしょう。ただ猫の空腹時の少し落ち着きのない(ストレス)行動や、一気食いでの胃の負担などを考えると、本当にそれが適切なのか、とも思います。これも私見ですが、空腹時は多頭飼いでの喧嘩(けんか)の原因になったりしているのでは、とも思っています。

さらに10年前の創業時に得た知識では、日光浴はビタミンⅮを作り猫の健康のために必要とされていましたが、今年3月に全国5カ所で実施された「ねこ検定」(中級編)受験合格時に得た知識では、これを否定していました。「人間とは異なり、猫の体質上ビタミンDは日光浴では作られにくく、猫餌で補給する必要がある」が、最新の定説となっています。


天文学者のガリレオガリレイが地動説を唱えた時に(社会的諸事情もありましたが)、多くの人がなかなか地動説を受け入れられませんでした。このように、世の中の常識は常に抵抗されながらも更新されていきます。人は思い込みから人目線で猫を検証しがちです。この書籍を拝読し、猫目線で猫を検証することが大切であると、改めて認識した次第です。

※野良猫をTrap(捕獲器で捕獲)し、Neuter (不妊手術)し、Return(元の生活場所に戻す)活動を指します。

庄 知宏@
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