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届いた訴状 猫という現象  - マンション騒動記① -

第1回 届いた訴状

西武新宿線N駅。駅から徒歩15分位のところに吉崎真左子(仮名)の住むマンションはある。総戸数84戸のマンションだ。
そんな真左子の元に裁判所から手紙が届いたのは、ある日の午後だった。見慣れぬ封筒。恐る恐る開けてみる。入っていた書類を読んでみると、それは真左子に対してマンション敷地内での猫への餌やりの差し止めと、80万円の支払いを求める「訴状」であった。訴えたのはマンション管理組合であった。
びっくり仰天して、よくよく読んでみると、
「1.被告は、別紙物件目録1記載の土地及び別紙物件目録2記載の建物内(被告の専有部分を除く)において、猫に餌を与えてはならない。2.被告は、原告に対し80万円を支払え。」
と書いてあった。

要は、真左子に対してマンションの建物内や敷地内で猫に餌をやるな、ということと、80万円を管理組合に払え、という内容だ。80万円という金額の内訳は、猫侵入防止の防護柵や木酢液を管理組合が購入した費用が5万円で、残りの75万円は管理組合が依頼した弁護士の料金であった。

“被告”呼ばわりされて腹が立つ。
「全然でたらめよ」。真左子は思った。ここ数年、マンション敷地内では猫に餌をやっていない。餌やりをやめたのは、地元の猫ボランティアである嘉村幸恵(仮名)からの忠告によるものだった。「敷地内でご飯をやると住民とのトラブルになるわよ。1ミリでも敷地から離れていればいいのよ」。嘉村はそう真左子に言った。

 真左子の毎日の日課は朝の4時から始まる。4時に起床して、それから、外で暮らす全部で7匹の猫へのゴハンやりが始まる。
まず、自宅から西へ300メートルほど離れた神社にいる黒猫の竹千代にゴハンを与える。それから、南へ少し離れた製菓工場の裏に住む黒白のスモモに、それから今度は東へ戻って整骨院の隣の路地にいる茶トラの茶々、白猫のフジコに、最後に自宅マンションと隣のクリーニング店の間の脇道を棲家とする茶シロのブーニャン、キジトラのミーミー、グレー白のチビにゴハンを与える。そして、30分ほど待って、今度はそれぞれのお皿を片付けに行く。これが毎日の日課である。
こんなことをかれこれ10年以上続けてきた。そんな中で猫のメンバーも変わった。猫たちは皆、嘉村らの指導の下で不妊去勢手術も済んでいる。

とにかく落ち着かなければならない。真左子はインスタントコーヒーを入れ、キッチンで換気扇を回してタバコを1本吸った。
テーブルに座って訴状をもう一度読んでみる。
「マンション管理組合が私に餌やりをやめろと言ってくる理由は何だろう?」。
「訴状」には、猫への餌やりは、「組合員の共同の利益に反する行為である」と書いてあった。組合員とはマンションの各部屋の所有者のことだ。各部屋の所有者は、それぞれ組合員としてマンション管理組合の構成員となることが法律で定められている。

「とにかくマンションの管理規約を見てみなければ」。
真左子はタンスの引出から管理規約を引っ張り出してきた。
あった、あった。第19条だ。そこには「組合員は、建物の共有部分及び附属施設の使用または保存に関し、組合員の共同の利益に反する行為をしてはならない」と書いてあった。
「だけど何で猫に餌をやることが、組合員の共同の利益に反することになるの?」。
管理組合の言い分はこうだった。
当マンション内では、真左子が野良猫に餌をやるため、糞や吐瀉物、鳴き声の苦情が多数住民から管理組合に寄せられ、管理組合は真左子に何度も野良猫に餌をやらないよう注意したが真左子はこれを無視して餌やりを続けた。だから真左子に対して野良猫への餌やりの差し止めを求めるのだ、と。

「全然でたらめよ」真左子は思った。
確かに半年くらい前、廊下で偶然すれ違った管理組合の理事長で607号室に住む大竹吉誠(仮名)から「吉崎さん、野良猫に餌をあげるのやめてくださいよ」と言われたことがある。しかし真左子は「私はやっていませんよ」とキッパリと否定したのだった

とにかく、今後どうしていったらいいのか。

真左子は、一緒にお茶をしたこともある402号室の大竹多津子(仮名)にとりあえず相談してみることにした。浜松町の工作機械会社に勤める多津子ならこういったトラブルの対処方法について何か知っているかもしれない。

(続く)


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