シリーズでお話ししてきた「猫の感染症予防について」。間が空いてしまいましたが、今回が最後です。締めくくりは妊婦さんからよく質問を受ける「トキソプラズマ」についてです。妊活中の方はぜひ読んでみてください。感染症全体について勉強したい方は、これまでの記事(その①~その④)も合わせてご覧ください。

猫から人間へ、人間から猫へうつる病気はたくさんあります

トキソプラズマ症ってどんなもの?

前回の記事で、猫から人間にうつる病気(ズーノーシス)についてお話ししました。トキソプラズマ症も、代表的なズーノーシスの一つです。病原体はトキソプラズマ原虫という目には見えないとても小さな寄生虫で、猫の糞や生の豚肉を介して人間に感染することがあると言われています。この原虫に人間が感染してもほとんどの場合は無症状ですが、もしも、妊娠中の妊婦さんが生まれて初めて感染すると、まれに流産や先天障害を引き起こすことがあることで知られています。動物病院にトキソプラズマ症の相談をなさる飼い主さんは、ほとんどが妊婦さん、またはそのご家族の方です。

一昔前は「妊娠したら猫を手放せ!」などという暴論がまかり通っていたようですが、どうやらこのトキソプラズマ症などのイメージから「猫を妊婦に近づけてはいけない」というイメージを持たれていたようです。では、本当に妊婦さんは猫と触れ合ってはいけないのか?実際にトキソプラズマ症に感染するリスクはどれぐらいあるのか?説明していきます。

トキソプラズマの猫への感染は主に、「若い猫」と「若い虫」の条件下で起こります

感染条件

ちょっとややこしい話になるのですが、トキソプラズマなどの原虫類の発育形態には、それぞれ名前がついています。これを説明しだすとかなり複雑になるので、人間でいう「小学生」「中学生」みたいなものだと思っておいてください。トキソプラズマは、成長の一過程で「オーシスト」という形態をとります。このオーシストという状態で猫の便から排泄されたトキソプラズマが、万が一人間の口に入った場合にのみ、感染が成立しうることになります。

この「オーシスト」が出てくるのは、猫がトキソプラズマに感染したばかりの頃のみです。つまり、トキソプラズマが猫を介して胎児に感染し、先天疾患を引き起こすためには、「妊娠中であること」「トキソプラズマに感染したばかりの猫を飼い始めたこと」「その子猫の糞便が口に入ったこと」以上の全ての条件が揃う必要があります。

オススメ予防対策

便が口に入る?そんなばかな!とお思いのことと拝察いたしますが、例えば便の処理の後の手洗いが不十分だったり、ハエやゴキブリが媒介したりなど、理論上は「猫の便が口に入る」ケースは考えられます。したがって予防としては、猫を飼い始めたばかりの妊娠初期の飼い主さんは、猫の便の処理は手袋をして速やかに行いましょう。可能な限り、ご家族の方にお願いするのがベストですね。

また、作り置きしたおかずをラップをかけずに放置したりしていると、猫の便に止まったハエがおかずにも止まり、病原体を広げてしまうという危険性もあります。トキソプラズマをはじめとした猫の糞便由来の感染症は、ほとんどが肉眼では確認できません。基本的なおうちの衛生管理にも普段より気を配るようにしましょう。

実は犯人は猫ではない?

と、ここまで書いておいてなんですが、トキソプラズマ症の主な犯人は実は猫ではありません。加熱が不十分な豚肉を介しての感染が最も多いそうです。しかも先天性トキソプラズマ症の日本での症例数は毎年約10件。このうちのほとんどが豚肉が原因だと思われます。猫の飼育に関して過剰に恐れる必要はないということですね。

しかし何かとナイーブになりがちな妊娠中。あらゆる不安は取り除いておきたいですから、トキソプラズマは生肉は避けよう、カフェインは最小限にしよう、お寿司もあまり食べないようにしよう、などなど数多く言われている「妊娠中に気をつけるべきこと」のうちの1つ、くらいの認識がちょうどいいのではないでしょうか。

可愛い子猫たちが感染源になることも

抗体検査を受けてみましょう!

飼い猫がトキソプラズマを体内に保有しているかどうかは、動物病院で血液検査をすることで調べられます。採血量も多くなく、猫への負担も少ない検査ですので、妊娠を希望されている方はかかりつけの動物病院に相談してみるのもいいですね。ちなみに妊婦さんご自身がトキソプラズマに対する抗体を持っていればすべて解決、心配ご無用なので、まずは人間側が健診ついでにトキソプラズマ抗体の有無を調べることを個人的にはお勧めしております。もし妊婦さんがトキソプラズマ抗体を持っていない場合は、必要に応じて猫ちゃんの検査も行いましょう。

余談ですが、猫と日常的に濃厚に触れ合っている筆者本人が、先日トキソプラズマの抗体検査を受けてみました。結果は「陰性」。抗体、持っていませんでした。長年、猫の糞にまみれた生活(笑)をしているので、抗体くらい持っているだろうと予想していたのですが、驚きです。つくづく、日本は清潔な国ですね。

ふわふわ、もふもふで縫いぐるみのような猫たちですが、私たちと同じ生き物であり、また、人間を含む全ての生き物は無数の細菌や病原体を持っていることは忘れないようにしましょう。感染症対策はしっかりと、でも過剰に恐れることなく、快適に共生していけるように、ズーノーシスについて知っていただきたいなと思います。今回の記事がズーノーシスやトキソプラズマについての理解を深める一助となれば幸いです。

 

著者:谷口史奈(プロフィール

シリーズでお話ししてきた「猫の感染症予防について」。間が空いてしまいましたが、今回が最後です。締めくくりは妊婦さんからよく質問を受ける「トキソプラズマ」についてです。妊活中の方はぜひ読んでみてください。感染症全体について勉強したい方は、これまでの記事(その①~その④)も合わせてご覧ください。

猫から人間へ、人間から猫へうつる病気はたくさんあります

トキソプラズマ症ってどんなもの?

前回の記事で、猫から人間にうつる病気(ズーノーシス)についてお話ししました。トキソプラズマ症も、代表的なズーノーシスの一つです。病原体はトキソプラズマ原虫という目には見えないとても小さな寄生虫で、猫の糞や生の豚肉を介して人間に感染することがあると言われています。この原虫に人間が感染してもほとんどの場合は無症状ですが、もしも、妊娠中の妊婦さんが生まれて初めて感染すると、まれに流産や先天障害を引き起こすことがあることで知られています。動物病院にトキソプラズマ症の相談をなさる飼い主さんは、ほとんどが妊婦さん、またはそのご家族の方です。

一昔前は「妊娠したら猫を手放せ!」などという暴論がまかり通っていたようですが、どうやらこのトキソプラズマ症などのイメージから「猫を妊婦に近づけてはいけない」というイメージを持たれていたようです。では、本当に妊婦さんは猫と触れ合ってはいけないのか?実際にトキソプラズマ症に感染するリスクはどれぐらいあるのか?説明していきます。

トキソプラズマの猫への感染は主に、「若い猫」と「若い虫」の条件下で起こります

感染条件

ちょっとややこしい話になるのですが、トキソプラズマなどの原虫類の発育形態には、それぞれ名前がついています。これを説明しだすとかなり複雑になるので、人間でいう「小学生」「中学生」みたいなものだと思っておいてください。トキソプラズマは、成長の一過程で「オーシスト」という形態をとります。このオーシストという状態で猫の便から排泄されたトキソプラズマが、万が一人間の口に入った場合にのみ、感染が成立しうることになります。

この「オーシスト」が出てくるのは、猫がトキソプラズマに感染したばかりの頃のみです。つまり、トキソプラズマが猫を介して胎児に感染し、先天疾患を引き起こすためには、「妊娠中であること」「トキソプラズマに感染したばかりの猫を飼い始めたこと」「その子猫の糞便が口に入ったこと」以上の全ての条件が揃う必要があります。

オススメ予防対策

便が口に入る?そんなばかな!とお思いのことと拝察いたしますが、例えば便の処理の後の手洗いが不十分だったり、ハエやゴキブリが媒介したりなど、理論上は「猫の便が口に入る」ケースは考えられます。したがって予防としては、猫を飼い始めたばかりの妊娠初期の飼い主さんは、猫の便の処理は手袋をして速やかに行いましょう。可能な限り、ご家族の方にお願いするのがベストですね。

また、作り置きしたおかずをラップをかけずに放置したりしていると、猫の便に止まったハエがおかずにも止まり、病原体を広げてしまうという危険性もあります。トキソプラズマをはじめとした猫の糞便由来の感染症は、ほとんどが肉眼では確認できません。基本的なおうちの衛生管理にも普段より気を配るようにしましょう。

実は犯人は猫ではない?

と、ここまで書いておいてなんですが、トキソプラズマ症の主な犯人は実は猫ではありません。加熱が不十分な豚肉を介しての感染が最も多いそうです。しかも先天性トキソプラズマ症の日本での症例数は毎年約10件。このうちのほとんどが豚肉が原因だと思われます。猫の飼育に関して過剰に恐れる必要はないということですね。

しかし何かとナイーブになりがちな妊娠中。あらゆる不安は取り除いておきたいですから、トキソプラズマは生肉は避けよう、カフェインは最小限にしよう、お寿司もあまり食べないようにしよう、などなど数多く言われている「妊娠中に気をつけるべきこと」のうちの1つ、くらいの認識がちょうどいいのではないでしょうか。

可愛い子猫たちが感染源になることも

抗体検査を受けてみましょう!

飼い猫がトキソプラズマを体内に保有しているかどうかは、動物病院で血液検査をすることで調べられます。採血量も多くなく、猫への負担も少ない検査ですので、妊娠を希望されている方はかかりつけの動物病院に相談してみるのもいいですね。ちなみに妊婦さんご自身がトキソプラズマに対する抗体を持っていればすべて解決、心配ご無用なので、まずは人間側が健診ついでにトキソプラズマ抗体の有無を調べることを個人的にはお勧めしております。もし妊婦さんがトキソプラズマ抗体を持っていない場合は、必要に応じて猫ちゃんの検査も行いましょう。

余談ですが、猫と日常的に濃厚に触れ合っている筆者本人が、先日トキソプラズマの抗体検査を受けてみました。結果は「陰性」。抗体、持っていませんでした。長年、猫の糞にまみれた生活(笑)をしているので、抗体くらい持っているだろうと予想していたのですが、驚きです。つくづく、日本は清潔な国ですね。

ふわふわ、もふもふで縫いぐるみのような猫たちですが、私たちと同じ生き物であり、また、人間を含む全ての生き物は無数の細菌や病原体を持っていることは忘れないようにしましょう。感染症対策はしっかりと、でも過剰に恐れることなく、快適に共生していけるように、ズーノーシスについて知っていただきたいなと思います。今回の記事がズーノーシスやトキソプラズマについての理解を深める一助となれば幸いです。

 

著者:谷口史奈(プロフィール