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吉田ルイ子。捨て猫との運命的な出会い

吉田ルイ子さんというと、フォトジャーナリストとしてハーレムやベトナム、アフリカなどで写真を撮り続けてきた社会派のイメージだが、1冊、猫に関する本を出版されている。『わたしはネコロジスト』。

『わたしはネコロジスト』 吉田ルイ子著/ブロンズ新社/1990年9月25日発行/その後、中公文庫。いずれも現在絶版)

表紙に写っているのはつぶらな瞳で撮る人を見つめる子猫。本をひらき、最初に出てくるのがこの写真である。

『わたしはネコロジスト』より

猫の名前は寅之介。冒頭で、ルイ子さんは寅之介との出会いをこう書いている。
《猫・寅之介との出会いは、運命的だった。irresistible どうしても避けられない、不可抗力の出会いだった》

1986(昭和61)年7月、雨の降る肌寒い日。ルイ子さんは、2か月前に亡くなったお母さんの新盆準備の品々を買い、家に帰る途中で、「ピーピー」と叫ぶように鳴く声を聞く。
それがこの小さな猫だった。でも最初は、紙袋の中で雨にぬれて光る“卵サイズの小さな黒い塊”のようで、それが何の生き物なのかわからなかったそうだ。それほど、小さかったというわけだ。獣医師に往診を頼み、診てもらったところ、生後2日程度の子猫だとわかる。
拾ったのが7月12日。偶然にも、その2日前の10日はルイ子さんの誕生日。
《あ、すると私の誕生日と同じではないか。いや、きっと同じだ。私はそう決めた》

2か月前にお母さんを亡くされ、その新盆準備の買い物の帰り道だったこともあり、《こいつはきっと母からの贈り物にちがいない》とも思えたそうだ。
とにもかくにも、そこからルイ子さんの子猫育てが始まった。

本書には、子猫が見せる様々な表情、だんだん大きくなっていくのがわかる写真が続く。
家族写真を撮るかのように、ルイ子さんは寅之介を撮っている。

『わたしはネコロジスト』より

『わたしはネコロジスト』より

「生き物を飼うと仕事ができなくなるわよ」、そう忠告してくれる友人もいた。信頼できる友人に託すことも考えなかったわけではない。でも、ルイ子さんは寅之介と一緒に生きることを選ぶ。まだまだ手のかかる頃は、ケニアで買ったかごに大きいハンカチでからだを包み、哺乳ビンとメン棒を入れ、肩にかけ、もう一方の肩にカメラバッグをかけて仕事に出かけたそうだ。

そして、寅之介と生きていくうちに、ルイ子さんの生き方、考え方に大きな変化が表れてきた。お母さんが生きていた頃はまったく無関心だったという近所づきあい、コミュニティの草の根運動。猫の話をすると、仕事関係とはまったく違う人間関係が拡がるのが新しい発見だったと、ルイ子さんは書いている。また、それまでルイ子さんが撮る写真は人の顔や生活がほとんどだったが、寅之介と暮らすようになって、自然と、街の中にいるネコにも向けられるようになったとも。

そして、本書のタイトルでもある「ネコロジスト」という考えにつながっていく。

『わたしはネコロジスト』より

戦後、日本人は懸命に働いた。急速な経済成長をとげ、豊かになった。しかし、それでいいのか? 日本の生産効率一点張りの管理社会組織に対して、《創造的に、自由に、自分自身に正直に発想し、行動し、生きていく、自然体の個性が、いまほど求められているときはない》。

自由に、イデオロギーに束縛されない、しなやかな生き方。
《これこそ、私は、ネコの特性だと思う。これからは、ネコ人間の個性を許容し、才能を活用できない企業や社会はもはや発展しない。このような自由人、自然体の人間を、ネコロジストとよび、私をしてネコロジスト宣言する根拠なのである》

《子ども、男、女、お年寄り、身体の不自由な人、貧しい人、肌の色、民族のちがいを超えたすべての人間、イヌ、ネコに限らず、すべての動植物、小さい生命、そして、大きな自然がいつまでも自然でいられる、そんな地球に、私はトラノスケと住みたい。ネコロジストはエコロジスト。21世紀はやさしいネコロジストの時代になってほしい》

本書が発行されたのは1990(平成2)年。その後、21世紀となり、もうすぐ15年が経つのだけれど、どうかなぁ、ネコロジストの時代になっているだろうか。そもそも、21世紀の幕開けの2001年は9月に同時多発テロが起き、以後、国内外を問わず、あちこちで様々な歪みがはねっ返っているかのような事件、事故が続いている。

実は、私はルイ子さんに1度お会いしたことがある。1996(平成8)年の春のこと。
今はもう廃刊になってしまったが、その当時、下北沢(東京・世田谷区)唯一の情報誌として発行されていた『しもきた情報』でのインタビューで。下北沢にゆかりのあるアーティストへのインタビュー第5回目として、下北沢に住んでいたことがあるルイ子さんに、当時よく行ったというジャズ喫茶「マサコ」に来ていただき、お話を伺ったのである。
笑う時の目尻のしわがキュートな、とても素敵な方だった。
写真をよく見てみたら、ルイ子さんが着ているセーターがネコ柄だ!

すこし前、私の手元に『わたしはネコロジスト』がやってきて、ふと懐かしくなり、「今はどうされているのだろう」とネット検索をしてみた。
「マスコミ九条の会」や「世田谷・九条の会」の呼びかけ人のひとりであること、いくつかのインタビュー記事、2012年に写真展を開催したことなどが出てきた。
今は77歳になっているはずである。21世紀、残りの85年で世界はどうなっていくのかな。ルイ子さんが望んだような、ネコロジストの時代になると良いなと、私も思うのだけれど。


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