東京都日野市に「にゃん福゜(にゃんぷく)」という保護猫カフェがあります。2014年12月の新装開店間もないころ、私は初めてそこを訪れました。新店舗らしいきれいな明るい店内。床はフローリングで清潔感があります。
ひとしきり猫と戯れていると…
「ん? 」
一匹の仔猫が目に止まりました。私はあわてて店員さんの元へ。
「すいません…あの子は手の先を骨折しているのでは?」
すると店員さんは
「あ、いや… あの子は生まれつきなんです…」
先天性の四肢障害でした。手の先が内側に折れ曲がり、歩くときは手首の裏をついてぴょこぴょこと進みます。両手の先がぷらぷらして爪などは使えないようでした。
普通の人の感情として、かわいそうという気持ちが沸き起こりますが、しばらく見ていると普通に無邪気に遊んでいます。おもちゃにも飛びつくし、他の仔猫とじゃれてキックも食らわします。手の障害以外は何ら他の子と変わりないように見えました。同情する気持ちなど全く無意味です。たくましいもんだなあ…と思いました。私はようちゃんに興味を持ち、その後もにゃん福゜に通うことになります。
見ていると寝相に特徴があります、首をひねって寝るのですね。かわいらしくて、ちょっと見ると微笑ましくも思えるのですがやはり体の骨格自体に問題があるのかも知れません。実際のところどうなのか言葉を話せない猫の本音は知る由もありません。
ようちゃんがにゃん福゜にやってきた経緯はしばらく後で知りました。名古屋のとある動物病院の前に仔猫3匹で置かれていたそうです。ようちゃんともう1匹のオスの兄弟(かいくん)は同様に左手に障害がありました。一見、異常のないもう1匹はすぐに里親さんが決まりましたが、もらい手の着かなかった「よう」と「かい」は知り合いのつてを辿ってにゃん福゜へやって来ました。新しい保護猫カフェで、里親さんを探すことになったのです。
保護猫カフェは、里親会などと異なりフロアで自由に動き回る猫と触れ合うことができます。一緒に遊んだり撫でたり膝に乗せてみたり。じっくりと相性を確かめることができるのですね。猫は見ための柄や色などで選ぶ人も多いですが、それぞれの個性や相性はやっぱり大事なようです。ようちゃんへの里親の申し出もちらほら現れ始めました。でもお店のスタッフは慎重に譲渡先を検討します。そんな矢先のこと…
一度里親希望のお宅へトライアルに出るものの体調が悪くなり、再びにゃん福゜へ戻ります。2015年の2月頃です。病院で検査の結果、心臓にも障害があることが判明しました。「心房中隔欠損症」「心室中隔欠損症」「三尖弁異形性」のいずれかとのこと。長く生きられないことは予想できたと思われますが、その後もようちゃんは入退院を繰り返しながら治療を続けました。
2015年7月の暑い日、私は世田谷祖師ヶ谷大蔵の商店街のはずれにあるギャラリー「肉球画廊」で保護猫の写真展を開催していました。展示写真の中には、ソファでくつろぐようちゃんの写真もありました。そして治療費がかさむようちゃんへの募金お願いのチラシも置いたのです。
写真展の開催中、ギャラリーに、にゃん福゜のオーナーである八木さんが訪ねてきてくれました。
「こんにちは。あーすいませんねー、暑いのに」
「いいえ、写真展開催おめでとうございます」
「ありがとうございます」
そんな会話の途中、
八木さんはようちゃんの写真の前で足を止め…
「ようちゃん…だめでした… 亡くなりました」
私は言葉を失ってしまい、
「あ… そうなのですか…」
としか言えませんでした。
できる限りの治療はしたものの、2015年7月19日、1歳にも満たない短い生涯を終えたのです。
猫の保護活動に関わっていると、死に向かい合うことは日常茶飯事だと思います。でもやはり、人それぞれ思い入れの強いケースはあるかもしれません。八木さんにとってようちゃんは、お店の開店当初からの付き合いであったこと、産まれてきた背景や治療にあたっての苦労などいろんな思いがあったことでしょう。
元々ようちゃんが障害を負った原因はおそらく近親交配によるものだろうとのこと。不妊手術を行わず、室内で繁殖してしまっている環境が想像できます。やりきれない気持ちになりますが、今の日本においてはそういったいわゆる多頭崩壊の環境は、まだまだいくらでもあると思われます。
ついついスコティッシュフォールドの現状に重ねてしまいます。ようちゃんの四肢障害が骨の異常形成なら、スコティッシュフォールドの折れ耳もまた軟骨の異常形成です。部位は異なっても、どちらも先天性の異常である事に変わりはありません。
1961年にスコットランドで産まれた1匹の猫はたまたま耳が折れていました。それが先天性の異常であるにも関わらず、見た目上かわいいと思えるような外見であったが故に人間の手によって意図的に繁殖させられるという悲しい運命を辿ることになります。なぜ悲しい運命なのか、それはスコティッシュの折れ耳を形成する要因の遺伝子が、体の成長につれて全身の軟骨にも異常を発生する可能性が高いからです。そういう猫を人間の利益のために繁殖させているのが現状です。
もしも仮に、ようちゃんのように手の先が折れ曲がり、心臓にも障害を持つ猫を繁殖させる業者がいたとしたらどうでしょうか。おそらく世間から非難の嵐であろうことは容易に想像できます。でもスコティッシュに関しては、少なくとも今現在はそうなっていない。その違いは人間の都合以外に何があるのでしょうか。
ようちゃんの写真を見ていると、その小さな全身から何かを訴えかけているように思えてなりません。ようちゃんが産まれてきた意味を考えてあげたくなってしまうのです。
保護猫カフェにゃん福゜は、残念ながら2017年3月からお店としての営業を長期休業することが決まっています。シェルターとして引き続きたくさんの猫たちが里親さんとの出会いを待っています。ぜひ会いに行って下さいね。
著者:保護猫写真家 ねこたろう
東京都日野市に「にゃん福゜(にゃんぷく)」という保護猫カフェがあります。2014年12月の新装開店間もないころ、私は初めてそこを訪れました。新店舗らしいきれいな明るい店内。床はフローリングで清潔感があります。
ひとしきり猫と戯れていると…
「ん? 」
一匹の仔猫が目に止まりました。私はあわてて店員さんの元へ。
「すいません…あの子は手の先を骨折しているのでは?」
すると店員さんは
「あ、いや… あの子は生まれつきなんです…」
先天性の四肢障害でした。手の先が内側に折れ曲がり、歩くときは手首の裏をついてぴょこぴょこと進みます。両手の先がぷらぷらして爪などは使えないようでした。
普通の人の感情として、かわいそうという気持ちが沸き起こりますが、しばらく見ていると普通に無邪気に遊んでいます。おもちゃにも飛びつくし、他の仔猫とじゃれてキックも食らわします。手の障害以外は何ら他の子と変わりないように見えました。同情する気持ちなど全く無意味です。たくましいもんだなあ…と思いました。私はようちゃんに興味を持ち、その後もにゃん福゜に通うことになります。
見ていると寝相に特徴があります、首をひねって寝るのですね。かわいらしくて、ちょっと見ると微笑ましくも思えるのですがやはり体の骨格自体に問題があるのかも知れません。実際のところどうなのか言葉を話せない猫の本音は知る由もありません。
ようちゃんがにゃん福゜にやってきた経緯はしばらく後で知りました。名古屋のとある動物病院の前に仔猫3匹で置かれていたそうです。ようちゃんともう1匹のオスの兄弟(かいくん)は同様に左手に障害がありました。一見、異常のないもう1匹はすぐに里親さんが決まりましたが、もらい手の着かなかった「よう」と「かい」は知り合いのつてを辿ってにゃん福゜へやって来ました。新しい保護猫カフェで、里親さんを探すことになったのです。
保護猫カフェは、里親会などと異なりフロアで自由に動き回る猫と触れ合うことができます。一緒に遊んだり撫でたり膝に乗せてみたり。じっくりと相性を確かめることができるのですね。猫は見ための柄や色などで選ぶ人も多いですが、それぞれの個性や相性はやっぱり大事なようです。ようちゃんへの里親の申し出もちらほら現れ始めました。でもお店のスタッフは慎重に譲渡先を検討します。そんな矢先のこと…
一度里親希望のお宅へトライアルに出るものの体調が悪くなり、再びにゃん福゜へ戻ります。2015年の2月頃です。病院で検査の結果、心臓にも障害があることが判明しました。「心房中隔欠損症」「心室中隔欠損症」「三尖弁異形性」のいずれかとのこと。長く生きられないことは予想できたと思われますが、その後もようちゃんは入退院を繰り返しながら治療を続けました。
2015年7月の暑い日、私は世田谷祖師ヶ谷大蔵の商店街のはずれにあるギャラリー「肉球画廊」で保護猫の写真展を開催していました。展示写真の中には、ソファでくつろぐようちゃんの写真もありました。そして治療費がかさむようちゃんへの募金お願いのチラシも置いたのです。
写真展の開催中、ギャラリーに、にゃん福゜のオーナーである八木さんが訪ねてきてくれました。
「こんにちは。あーすいませんねー、暑いのに」
「いいえ、写真展開催おめでとうございます」
「ありがとうございます」
そんな会話の途中、
八木さんはようちゃんの写真の前で足を止め…
「ようちゃん…だめでした… 亡くなりました」
私は言葉を失ってしまい、
「あ… そうなのですか…」
としか言えませんでした。
できる限りの治療はしたものの、2015年7月19日、1歳にも満たない短い生涯を終えたのです。
猫の保護活動に関わっていると、死に向かい合うことは日常茶飯事だと思います。でもやはり、人それぞれ思い入れの強いケースはあるかもしれません。八木さんにとってようちゃんは、お店の開店当初からの付き合いであったこと、産まれてきた背景や治療にあたっての苦労などいろんな思いがあったことでしょう。
元々ようちゃんが障害を負った原因はおそらく近親交配によるものだろうとのこと。不妊手術を行わず、室内で繁殖してしまっている環境が想像できます。やりきれない気持ちになりますが、今の日本においてはそういったいわゆる多頭崩壊の環境は、まだまだいくらでもあると思われます。
ついついスコティッシュフォールドの現状に重ねてしまいます。ようちゃんの四肢障害が骨の異常形成なら、スコティッシュフォールドの折れ耳もまた軟骨の異常形成です。部位は異なっても、どちらも先天性の異常である事に変わりはありません。
1961年にスコットランドで産まれた1匹の猫はたまたま耳が折れていました。それが先天性の異常であるにも関わらず、見た目上かわいいと思えるような外見であったが故に人間の手によって意図的に繁殖させられるという悲しい運命を辿ることになります。なぜ悲しい運命なのか、それはスコティッシュの折れ耳を形成する要因の遺伝子が、体の成長につれて全身の軟骨にも異常を発生する可能性が高いからです。そういう猫を人間の利益のために繁殖させているのが現状です。
もしも仮に、ようちゃんのように手の先が折れ曲がり、心臓にも障害を持つ猫を繁殖させる業者がいたとしたらどうでしょうか。おそらく世間から非難の嵐であろうことは容易に想像できます。でもスコティッシュに関しては、少なくとも今現在はそうなっていない。その違いは人間の都合以外に何があるのでしょうか。
ようちゃんの写真を見ていると、その小さな全身から何かを訴えかけているように思えてなりません。ようちゃんが産まれてきた意味を考えてあげたくなってしまうのです。
保護猫カフェにゃん福゜は、残念ながら2017年3月からお店としての営業を長期休業することが決まっています。シェルターとして引き続きたくさんの猫たちが里親さんとの出会いを待っています。ぜひ会いに行って下さいね。
著者:保護猫写真家 ねこたろう