ご存じの方も多いと思うが、猫小説の定番中の定番『ジェニー』(原題『Jennie』)にはふたりの訳者がいる。装幀にもいくつかのバージョンがあり、現在、ママ猫の古本や在庫にあるのは下の2冊。

ジェニー

右:『さすらいのジェニー』 訳:矢川澄子/初版:昭和58(1983)年2月28日/発行:大和書房   左:『ジェニー』 訳:古沢安二郎/初版:昭和54(1979)年7月15日/発行:新潮社

 

続きを読む...

ご存じの方も多いと思うが、猫小説の定番中の定番『ジェニー』(原題『Jennie』)にはふたりの訳者がいる。装幀にもいくつかのバージョンがあり、現在、ママ猫の古本や在庫にあるのは下の2冊。

ジェニー

右:『さすらいのジェニー』 訳:矢川澄子/初版:昭和58(1983)年2月28日/発行:大和書房   左:『ジェニー』 訳:古沢安二郎/初版:昭和54(1979)年7月15日/発行:新潮社

 

1冊は、小説家・エッセイストであり、詩人であり、数多くの翻訳も手がけた矢川澄子さんによる翻訳。題名は『さすらいのジェニー』。

もう1冊は、大学教授を務める傍ら多くの翻訳を手がけた古沢安二郎氏による翻訳。こちらの題名は『ジェニー』である。現在、ママ猫在庫は切らしているが、古沢翻訳の文庫にはこういう表紙の『ジェニー』もある。今、新刊書店で見かけるのはこちらの表紙ではないかと思う。

ジェニー

 

私が『ジェニー』をはじめて読んだのは、学生時代、古沢安二郎氏翻訳による、白くてかわいい2匹の子猫が描かれた表紙のバージョンだった。

古本屋の仕事をするようになって、ある方から「錆赤の猫が表紙のバージョンもある」と聞き、入手してみたのだが、とにかく、表紙からしてまったく印象が違う~。「さすらいのジェニー?」、思わず、「え?」と声が出たほどのギャップだった。

「さすらい」とくれば、用心棒か、刑事か、流しの歌手か、小林旭か…(古い?(笑))、そういう言葉が続くというもんだろう。

しかも、「あれ? ジェニーって白い猫じゃなかったっけ???」。

 

しばらく読んでいなかったために、物語の細かい部分を忘れてしまっていて、私の記憶では、表紙のふんわりした、ファンタジックなイメージとして、『ジェニー』が残っていたのである。

すぐに錆赤猫の表紙のほうを読んで、ジェニーが《ほっそりとしためすの虎猫》だったことを思い出し、さらに読み進めていった時に、「あれ、ジェニーのイメージがずいぶん違うなぁ~」と気がついた。「翻訳の違いかぁ。へぇ、なんか、おもしろい!」

 

特に、ジェニーのセリフのニュアンスの違いが楽しくて、たとえば、

古沢翻訳では《ほんとに死んだかもしれないのよ》が、矢川翻訳では《そう、死んでたかもしれなくってよ》となっていたり、古沢翻訳で《もう少し待ってやりさえすれば、めったにネズミはのがさないですむものよ》が、矢川翻訳では《もうちょっとまったって、それでネズミを逃がすことなんてめったになくってよ》となっていたりする。

 

古沢氏は男性で大学教授、矢川さんが女性で小説や詩を書く人だったという違いが、翻訳の違いに表れているのだろうか。矢川さんの訳では、ジェニーはちょっと気の強い、面倒見のいいお嬢さまキャラで、古沢氏のジェニーはやさしいママのようで、どこかスマートな印象のジェニーだ。

 

また、途中で、ふたりが船に乗り込んだときの船員たちのセリフが、矢川さんの訳では“べらんめぇ”調で訳されていることが多い。《この二ひきを波間から救いあげたのは、ほかでもねえ、このわっしなんですぜ。これ以上の証拠がどこにありますかってんだ》のように。

ええっと、この物語は、江戸時代の日本じゃなくて、イギリスが舞台だったよね?(笑)。

古沢氏の訳では、船員たちの言葉づかいは多少荒っぽいけれども、やはりどこかスマート。会話も、船長と船乗りたちというよりは、上官と部下のようであったりする。このあたりも、やはり、男性が訳した物語なんだなぁ~という印象だ。

 

普段、翻訳者による違いを読み比べることはないし、こんなことをしたのは初めてだったが、物語の印象がこんなに変わるんだなぁという発見はとても楽しいものだった。

私は、どっちの『ジェニー』も好き。

交通事故に遭ったあと白い猫に変身してしまった少年ピーターとやさしい雌猫ジェニーの、成長と冒険と愛情の物語『ジェニー』。この先、「久しぶりに読んでみようかな」と思ったら、骨太なストーリーとして楽しみたい時には古沢氏による『ジェニー』を、小気味良さを求めたい時には矢川さんによる『さすらいのジェニー』を、読もうかなと思う。そんな、楽しみ方。

 

ちなみに、ポール・ギャリコが『Jennie』を書いたのは昭和25(1950)年のこと。

日本語訳の初出は矢川澄子さん翻訳によるもので、昭和46(1971)年、学習研究社から発行された。その後、角川文庫になったようだが(その後、絶版?)、昭和58(1983)年にあらためて大和書房から単行本として発行されたのが、冒頭の写真の『さすらいのジェニー』である。

古沢安二郎氏は矢川さん翻訳が出た翌年の昭和47(1972)年に新潮社から発行され、その後、新潮文庫になっている。ある古本屋で、もう1バージョン別の表紙の単行本『ジェニー』を見かけたことがあるので、それが古沢翻訳による単行本だと思われる。

学習研究社から出た矢川さん翻訳による『さすらいのジェニー』は、どんな表紙だったのだろう。いつか、私の手元にやってくることがあったなら、その時には「にゃんこマガジン」でご報告したい。