第3回 見えない餌やりさん

 

未明から猛烈な風が吹いていた。まるで台風のようだ。

ヒュー、ヒューという風の音がおぞましい。真っ直ぐに歩けないくらいの強い風だ。おそらく春一番だろう。

「猫たちは風を避ける場所をちゃんと見つけているだろうか」真左子は思った。

画像-0304

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第3回 見えない餌やりさん

 

未明から猛烈な風が吹いていた。まるで台風のようだ。

ヒュー、ヒューという風の音がおぞましい。真っ直ぐに歩けないくらいの強い風だ。おそらく春一番だろう。

「猫たちは風を避ける場所をちゃんと見つけているだろうか」真左子は思った。

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日課である猫へのゴハンやりを終えて部屋に戻る。午後になると午前中の猛烈な風は嘘のようにぴたりと止んだ。

 

真左子はダイニングのテーブルの上でパソコンを広げた。

ルノアールで話した後、多津子とは頻繁にメールでやりとりするようになった。

多津子のメールには「マンション内にウンコやゲロが落ちていないか定期的に見回りをしてメモに残しておいた方がいいと思います」と書いてあった。

 

「メモかー」真左子は呟いた。

これまでも猫たちがマンション敷地内に来ているかどうかやウンチやゲロが落ちていないかどうかは注意してきたつもりだ。しかし、意識的に注意してメモに残すということはやっていなかった。

 

ブーニャンとミーミーがたまにエントランスの正面ガラス扉の外や自転車置場にいることは知っていた。

これからは一日に何度か見回りをしてメモを残すことに決めた。

 

2月21日
10:25 異常なし
13:05 異常なし
15:25 異常なし
18:55 正面扉の外にブーニャンとミーミー確認
18:32 異常なし
22:00 異常なし

2月22日
11:29 異常なし
13:25 異常なし
14:55 異常なし
16:40 自転車置場に寝転がるミーミー確認
18:51 正面扉の外にブーニャン確認
22:10 異常なし

こんな感じで真左子は毎日、猫たちがマンション敷地内に来ているかやウンコやゲロが落ちていないかをチェックしてメモに残すことを始めた。

 

ウンコやゲロが落ちていたことは一回もなかった。異臭も一切ない。たまに少量の毛の束が正面扉の外や自転車置場に落ちていることがあり、拾って綺麗にしておいた。

 

2月25日の午後5時40分頃、この日も真左子は自転車置場に見回りに行った。

自転車置場は、正面玄関に向かって左側のマンション建物の端にある。入口には1メートル40センチほどの高さのアルミ製の引き戸があり、中には50台ほどの自転車が置かれている。地上に平置きされる自転車と、地上30センチ位の所に設けられた金属製のレーンの上に置かれる自転車とが交互に並べられ、限られたスペースにより多くの台数を詰め込むように設計されていた。

真左子は自転車置場の中を見回した。

夜間灯の薄明かりの中に、ブーニャンとミーミーの姿を見つけた。入口から15、6台目位の自転車の下の地面である。

ミーミーは「くーん」と2本足で立って両手で口のあたりを触るような仕草をしていた。口の中が痛いのだろうか。

「口内炎なのかもしれない。あまりに痛そうだったら捕まえて病院へ連れて行かなければ」真左子は思った。

 

更にブーニャンとミーミーがいる付近を見回していたとき、真左子は「あっ」と小さい声を上げた。

地面に親指大の鰹節ご飯が置いてあるのを発見した。

真左子はそれを拾い上げた。

 

「誰か猫にゴハンをあげている人がいる。餌やりは私だけじゃないんだ。しかし、いったい誰だろう? 7階の米津さんは猫好きだと聞いているが、米津さんなのか? もし今度米津さんが餌やりをしているところを見つけたら話さなければ。ブーニャンとミーミーには私がゴハンをあげているから、他の人はやる必要がない。ともかく敷地内での置き餌は絶対駄目だ」そう思った。

 

その後も自転車置場では2月28日に5、6粒のカリカリが落ちているのを発見し、3月2日には少量のウエットフードが置かれているのを発見した。

このマンション内で真左子以外の誰かが自転車置場で猫への餌やりをしていることはもはや間違いなかった。

                       (続く)